パニック障害から森田療法へ

30代の頃パニック障害で悩みました。森田療法にであって元気になって、今は森田療法の自助グループやってます

純な心

どうも体調不良な日々が続いています。
昨日も朝から頭痛ですが堪えて、リサイクルショップの
店番に行きました。
途中で頭痛薬を飲もうかと思って、一緒に店番をしてる人に
頭痛がするから薬飲むねー
と言うと
あ、ちょっと後ろ向いて!って肩を揉んでくれました。
薬はねえできるだけ飲まんほうがいいよー
みたいに言うし、ああ気持ちよかったありがとう
と言った後に薬は飲めんよねえ
で、我慢して我慢して、午後には関西から来る友人と
駅で待ち合わせの約束してたので
ちょっとだけ昼、おうどんを食べて薬を飲みました。
頭痛するとなぜ吐き気がするんでしょうねえ
うどんも無理やり食べるのは、店の人に残したら悪いなあ
と言う気持ちから
でも、完食はできず、急いで店を出る。
あ、あの人残してるわ!みたいに思われるのが嫌。
日本人ですねえ。
そんなこんなで頭痛は治まり友人とは楽しくおしゃべりできました。
でも夕方からどうもまたむかつきが、
苦しみながらもなんとか食事の用意もこなし
夜、寝る前に森田療法自助グループ生活の発見会の会報
を読むと、目からウロコのことが書いてありました。
岩田真里さんの寄稿です
題は初一念及び純な心について
パニックに関するところだけ抜き書きします。
「例えば、電車の中で呼吸困難発作やパニック発作を起こす。
これは強烈な死の恐怖です。これは敏感な人なら誰でも経験することかもしれません。これが初一念です。
ところが発作の時にこれを打ち消す第二念湧いてきて"まさか自分がこんなところで倒れるわけにはいかない""醜態を晒さないようになんとかしなくては" "2度とこの不安を感じたくない"と、この恐怖をやりくりしようとするならそれは精神交互作用になって次に電車に乗った時に"またああなったらどうしよう"と予期不安を起こし、結果としてこの不安感が症状になってしまうのです」

森田正馬は純な心を素直な心と言い換えています神経質の症状というものは、この素直な心を打ち消そうとするところから生まれてくる。では素直な心でいるとはどんな状態でしょうか?
電車の中で呼吸困難発作を起こし、ものすごい不安に襲われた時、その不安なままでいるとはどういうことでしょうか?
この場合、死の不安はイコール"病気ではないか"という不安ですから、それに従うということはすぐに病院に行き、検査をするなり、診察してもらって対策をとるということです。現実的な対策です。検査して異常がなければこの不安はそのうち消えるはずです。」

そういうことなんですね、私はちょっとしたことで病院に行く人、そんな人にはなりたくないと思っていました。今の今まで
パニックになった時に、自分は神経質な人間だと気がついたはずなのに
ここにきてまだそうじゃない振りしてたわ。びっくりです。
で、しんどい、どこか病気なのかなあ、いやいや気のせいやろ、こんなんで病院に行ったら笑われるで、でもやっぱり病気かもしれん
と悩んだ挙句、結局病院に行って、なんともなくてホッとする
この繰り返しだったわ。
結構悩んでる時期が長いし。

神経質らしく、病院に行ってくるかなー

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